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名古屋高等裁判所 昭和51年(ツ)7号 判決 1977年3月28日

上告人

高谷ひで

右訴訟代理人

水口敞

外二名

被上告人

服部司馬夫

主文

一  上告人の本訴請求中、原判決添付別紙目録記載の建物の収去、同目録記載の土地の明渡請求を棄却した部分を破棄し、右部分につき、名古屋地方裁判所に差し戻す。

二  上告人のその余の部分に関する上告を棄却する。

三  上告を棄却した部分に関する上告費用は、上告人の負担とする。

理由

上告代理人の上告理由について

原判決によれば、原審は上告人の原判決別紙目録記載の土地(以下本件土地という)に対する共有持分権にもとづく本訴請求について、上告人が本件土地について、四分の一の共有持分権を有すること、被上告人が本件土地上に原判決別紙目録記載の建物(以下本件建物という)を所有することにより、本件土地を占有していること、被上告人の本件土地に対する占有権原は上告人に対抗できないものであることを確定したうえ、被上告人は、上告人の同意を得ることなく大竹伸子から本件土地を賃借してその地上に本件建物を建築し、アパートとして他に賃貸し、その賃料収入で自己の生計を維持していること、本件建物がアパートであるという事の性質上、当然そこには多数の賃借人が居住していることが推測されるばかりか、同アパートは建築して一三年余しか経過しておらず、比較的新しいものであり、このような本件建物を収去することによつて、蒙むる社会経済上の損失は大なるものがあること、上告人において本件土地を必要とする特段の理由も認められないことを想定したうえで、上告人の本訴請求中、建物収去土地明渡を求める部分は権利の濫用として許されないものであるとして排斥したことが明らかである。

しかしながら記録によると、上告人の本訴請求中、右の建物収去土地明渡を求める部分が、権利の濫用であるとの事実は、被上告人において、主張していないことが明らかである。

ところで法律上、権利を有する者は、任意にその権利を行使できるのが原則である。そして社会生活において、共同生活者相互の利害関係の対立は避けられないのであるから、法律がある者のために、一定の権利を認めるかぎり、それは必然的に他人の利益を排斥することになるのはやむを得ない。しかしながら、権利の行使が社会生活上、到底是認できないような不当な結果を惹起するとか、あるいは他人に損害を加える目的のみでなされるなど、道義上許すべからざるものと認められるときは、これを権利の濫用として禁止することになるのである。

しかしながら、原判決が認定した前記事実関係からただちに上告人の本訴請求中建物収去土地明渡を求める部分が、前記の権利の濫用を禁止する事由に該当するか否かはかなり疑問であるのみならず、ある権利の行使が相手方の権利濫用である旨の抗弁のないまま、権利の濫用として排斥されると、権利者はその点に関する防禦の機会が与えられないまま、敗訴することになり、権利者にとつて、不当な不意打ちとなることは明らかである。

しかして、権利濫用の事実(抗弁)は、その基礎となる客観的主観的な事実関係が口頭弁論にあらわれていることで足り、あえて、抗弁として被告が明確に主張することを要するものではないけれども、事実審裁判所が証拠調をした結果、原告の請求が権利濫用にわたると認めた場合には、被告をして右の事実を抗弁として主張するか否かを釈明し、被告が右の主張をした場合には、原告に対しても右の点についての防禦方法を構じさせるなどの処置を経て判決をしなければならないものといわなければならない。

そうすると、原審は右釈明権の行使を怠り、審理を尽さなかつたばかりでなく、当事者が主張しない事実を認定して判決した違法があるものというべく、右の違法は、原判決の結論に影響を及ぼすことは明らかであつて、論旨は理由があるから、原判決のうち上告人の本諸請求中本件建物の収去、土地明渡の請求を棄却した部分を破棄すべく、右の点について原裁判所をして、更に審理をつくさせる必要があるものと認め、右の破棄部分を原裁判所に差し戻すのが相当である。

なお、上告人の本訴請求中、賃料相当の損害金に関する部分の原判決の判断について上告人は具体的に不服の理由を主張しないのみならず、右の点に関する原判決の判断は相当であるから、この部分については上告人の上告は棄却すべきである。

よつて民事訴訟法四〇七条一項、三九六条、三八四条、八九条、九二条本文、九五条を適用して主文のとおり判決する。

(柏木賢吉 菅本宣太郎 高橋爽一郎)

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